人が生きていくのに最低限必要な土地はどれくらいなのか?

家なんかテントに毛が生えたくらいで十分。
車上ホームレスでもいい。

オレが言っているのは農地のことだ。
一年食うのに必要な収量を上げられる田んぼと野菜畑。
最低限で良いので肉や魚、醤油味噌は考えない。

そんなモノ食うな。
病気になったら死ね。

どうしても現金が必要なときは日雇いなんかせず、物乞い。
究極のスローライフだ。

野田知佑さんは、結構これに近いことを実践していたようで現金を使う機会がほとんどなく、原稿料などのわずかな収入は画鋲で壁に留めていたそうだ。

それでも全然なくならなかったそうだ。
盗られると言う意味ではなく本以外に買うものがほとんどなかった為だ。

最低限必要な土地・・・さえあれば人は生きられると言う。
とはいえ多くの人にそれは出来ない。

いろんな事情があるのだろうけど、大元を言えば、それは我々がものを持つ人だからだと思う。

金持ちというのではない。
それは相対的な評価で比べる相手がいなかったら意味をなさない。

モノを持つ、そして持ち続けるために努力を続ける人達、と言って良いと思う。

こうした人達を恐れさせるのは、金がなくなる、モノがなくなることで、大抵はそれらを取り去ってしまうとさっぱりな人達だ。

人が主役ではなくモノのために人がいる。

野田知佑さんのような生活をしたいというのは、現代社会において危険人物視される。
それは多数派であるモノのために生きる人を否定するからかもしれない。

危険人物はただ存在だけでニュースになる。



自給自足の洞窟暮らし タイ東北の荒野で

タイ東北部ムクダハン県の荒野で自給自足の生活を送るタイ人男性がタイのテレビで紹介された。

この男性、ドゥアンさんは自称72歳。元は農家だったが、家と田畑を失い、妻子に逃げられたため、12年前に社会生活を放棄し、森に入った。

洞窟にマイホームを構え、食料の果物、動物は周囲の森と草原で調達。
野菜は自分で栽培している。

もちろん、電気や水道はない。

侵入者を阻むため自ら積み上げた石垣は、高さ2―3メートル、長さ数百メートルに及ぶ。

タイは気候が温暖な上、果物や魚などが豊富なことから、ドゥアンさんのように人間社会を離れ自給自足の生活を送る人が少なからずいるようで、これまでにも何人かメディアで取り上げられたことがある。



このニュースの視線は危険なモノを覗く視点に立っている。
おそらく怖いのだと思う。

人は自由を主張するが、自由な人を見るのを恐れる。
たぶん本当のことだ。

目黒考二さんは「なにもしないで一生本を読んでいけていけたらいい」と思ったそうだ。
その記事を読んだとき、世の中にはオレと同じ考えの人もいるのだな、と思った。
鮮明に覚えている。

高度成長期に育ったオレの周囲の世界はこうした意見を否定し、危険視されたのでオレは自然と自分の思いを口に出さないようにしていた。

タイの自給自足ジジイのニュースは、ずいぶん久しぶりに同じ感想を持ったニュースだった。

PS;わからない人は無理にわかる必要ない。

外道の細道、2010年1月22日


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