これは元々、煩悩の夕暮れ編集後記用に書いた物です。
他からの引用も多く、調子に乗って書いている内に長くなってしまいました。

編集後記には不向きなので、本来、料理屋紹介のグルメ外道に掲載することにしました。
グルメコーナーで粟飯を取り上げるのはオレのサイトが始めてではないでしょうか?

ついに夢が叶った。

以前、編集後記に書いたとおり、オレは一度でいいから黒沢映画に出てくる水飲み百姓のようにアワや稗を食ってみたかったのだ。

普通、貧乏と1セットで語られることが多い粟稗などの雑穀は、「貧乏で仕方ないから食っていた」みたいな言い方をされている。

オレは経験的にこうした説を素直には信じない。
飼料用トウモロコシの粗挽き粉を湯がいたウガリや、エチオピアでしか食ってないテフから作ったインジェラは美味かった。

ポリネシアンの主食、タロイモやヤムイモ、究極の救荒作物キャッサバもおいしかった。
現代日本人のほとんどは粟稗食ったことがないだろう。

食ったこともないのにウマイマズイは判断できないのだ。
諺にもある・・・「濡れ手で粟」・・・濡れた手で、粟をつかめば、骨を折らずにたくさんくっついてくることから、何の苦労もせずに上手いことをしたり、簡単に物を手に入れたりすることのたとえ表現。
一攫千金と同じようなこと。

しみじみ良い言葉ですなー。
ボロ儲けが出来そうな穀物だ。

オレのような外道者にとって粟を食うことは神から与えられた使命だ。

まず原料であるアワ・稗だが、そんなモノどこで売っているのか知らない。
オレの辞書に努力という文字はない。
いきなり挫折した。

そこに救世主現る。
ゲドタイ講座を連載しているコンチャン氏は、とてつもない田舎の工場に飛ばされている。
そこは食品工場だった。
そしてそこにはアワが食材として使われていたのだ!!

なんという偶然!

とてつもない確率の一致!

貧乏の連鎖反応!!

当然ただ貰うことにした。

会議のため月一でバンコクに上京してくるコンチャン氏を拉致。
アワを強奪。

これで材料を手に入れた。
ワーッハッハッハ!
オレは万能だ!
この世に神と呼ばれる者が存在するとすれば、それは私なのだ!!

気分はまるでプルトニュウムを入手したテロリストだ!

「今時、タイでアワ作ってる百姓なんてほとんどいないから米より高いんですよ」

金の話に関しては一切聞こえない振りでやり過ごすのがオレの常套手段だ。
他の話題にすり替える。

「どうやって食うの?」

「知りません。ウチの工場ではお菓子のトッピングに少量使ってるだけです。」

「普通に炊けばいいのかな?」

「さあ?粒が小さいので脱穀はしても精白はしてませんから、このまま炊くと色が貧乏くさいですよ」

オレが入手したアワは、そう・・・鳥の餌を少し白くした感じだった。
粒が小さい。

次にメイドのおばちゃんに食い方を聞いた。
おばちゃんはロイエットの貧乏百姓出身だ。
おばちゃんは頼りになる味方に思えた。

「おばちゃん、これどうやって食うの?」

「あんた、そりゃ鳥が食うモンだよ。」

「だから人が食うときはどうするの?」

「昔は豚にもやったけどねー。最近じゃ豚も贅沢になって、そんなモノ食わないそうだよ」

オレは料理法を聞いているのだが・・・。
おばちゃんは正真正銘に惚けているので、これ以上の質問は断念した。

仕方がないので、例によってネット検索に頼ることにした。

しかし・・・ない。
アワで検索して出てくるのは昔の貧乏話ばかり。



現在では、農業技術も発達し、当地(相又)でもお米が作れるようになりましたが、鎌倉時代には、粟(あわ)や稗などの雑穀しか作れませんでした。

その、当時の当地の人々の主食であったのが「粟(あわ)」だったのです。
現代の人が、たまに、米の中に何パーセントか入った粟飯を食べて、「おいしい」など、とんでもない。

ボソボソして食べられたもんじゃありません。
そんな、粗末な食べ物を、礼状まで書かれるなんて、優しいじゃありませんか、大聖人は・・・・。



前後がないのでなんの話かわからないが、昔のえらいお坊さんのお話のようだ。

バンコクにいるガンジャ坊カズは、大麻とタニヤマンコしか食ってないから、やっぱりお坊さんも昔の方がえらかったようだ。


次に検索で引っかかったのはこれだ。



猿長者(さるちょうじゃ)

とんと昔であったと。

ある所に、貧しい爺さんと婆さんの家があったと。

ある年の暮れ、日が落ちて、あたりがすっかり暗くなった頃、一人の旅のお坊さんが来たと。
そのお坊さんは、見るからに、みすぼらしい格好(かっこう)をしていたと。

「今晩一晩、泊めてもらえませんか」と、言ったので、爺さんは、「さあ、どうぞ、どうぞ。しかし、うちは貧乏なので、おかまいはできませんが」と招き入れたと。

「お坊さん、晩ご飯はまだでしょ」

「はい、まだです」

「あいにく、うちではすましたばかり。お米はありませんが、粟飯(あわめし)ならばできますので、ちょっとお待ちを。婆さんや、粟飯を炊いて差し上げな」

すると、お坊さんは、それには及ばない、と言い、爺さん婆さんが食べ残した、粟飯の残りがもしあれば、それで充分だ、と言ったと。

「しかし、食べ残しといっても、釜の底に、粟粒がほんのちょっぴり、こびりついているだけですよ。そんなこげくさいところは、さしあげるわけにはいきません」

けれども、お坊さんは、その焼けこげた粟粒を少々でいい、とゆずらなかったと。
婆さんは、ヘラでガリガリ、ガリガリ粟粒をかき集め、お坊さんに差し上げたと。

お坊さんが食べ終わると、爺さんは、「お坊さま、うちには布団がたった一組しかありませんので、どうか、これを使ってください。わしらは納屋へ行って、ワラの中に寝ますから」

「いや、そんなにまでしてもらっては、困る」

「いいえ、これだけはきいてください。どうぞ、この布団を使ってください」と、今度は爺さんの方がゆずらず、お坊さんに自分たちの布団を貸し、爺さんと婆さんは、納屋へ行って、ワラの中で寝たと。

さて、朝になったと。
爺さんと婆さんが起きて行くと、お坊さんも起きて、朝のおつとめをしていたと。

「お正月なのに、恥ずかしいことに、うちにはお餅(もち)も何もありません。せめて、温かいものでもお召しあがりください」と、粟の雑炊(ぞうすい)をこしらえて、お坊さんに食べてもらったと。

「ありがとうございました。一夜のお礼に、二人が欲しいものを一つ、かなえてあげましょう」

「欲しいもの……何でもいいんですか」

「何でもかなえてあげます」

「何がいいかな、何にしようかな」と、爺さんと婆さんは、しばらく相談し合ったと。

「決まりましたかな」

「はい、決まりました。元気に働けるように、二人とも若くなりたいんですが……そんなこと、かなうでしょうかね」

「かないますとも。お風呂をわかして、二人一緒に入ってごらんなさい」と言い残して、お坊さんは旅立って行ったと。

爺さんと婆さんは、急いでお風呂をわかし、言われたように、二人一緒に入ったと。
すると、あれよあれよという間に、二人とも若返り、男盛りと女盛りの昔に、舞い戻ったと。

二人は大喜びで、近所の長者の家へ、新年の挨拶(あいさつ)に行ったと。

「ど、ど、ど、どうしたことじゃ。と、と、と、時が逆戻りしたのか」

二人が見違えるほど若々しくなっていたので、長者はどぎもを抜かれたと。

「実は昨夜、うちに旅のお坊さんが泊まりまして」と、昨夜のことを話すと、長者は額(ひたい)の血管をふくらませて、口惜(くや)しがったと。「ちくしょう、くやしい! その坊主は乞食(こじき)みたいに、みすぼらしい格好をしていたろう。そうだろう? 確かに来た、来た、昨夜うちに来た。しかし、あんまり汚い格好をしていたので、こんなのを泊めるとロクなことはない。何か盗んで行くにちがいない、と思ったから、追いかえしたんじゃ。うちに泊めればよかった。くやしい!」と叫ぶやいなや、長者は、馬にまたがり、パカパカ、カッパカッパと追いかけたと。

パカパカ、カッパカッパ、パカパカ、カッパカッパと追いかけて、長者は旅のお坊さんを、つかまえることができたと。

「お坊さん、昨夜は断ったりして、悪うござんした。おわびのしるしに、今夜はぜひ、うちに泊まってくださいまし。ご馳走もします。いい布団もございます。ぜひ、お願いします」

しかし、お坊さんは、それには及ばない、と首を縦に振ろうとはしなかったと。

「お願いします、お願いします、お願いします」

いくら頼んでもだめなので、長者は業を煮やして、お坊さんを馬の背にくくりつけ、家まで引き返して来たと。

そして、いらない、と言うのに、酒を出し、いらない、と言うのに、餅を出し、入りたくない、と言うのに、風呂をわかして、お坊さんを風呂場に閉じこめたと。

そのあと、長者も裸(はだか)になって、風呂場へ入って行ったと。

爺さん婆さん二人一緒に、という言葉を聞きちがえて、長者はお坊さんと二人で一緒に、と思い込んでいたんだね。

「くすぐったい。いい、いいというのに」

長者が、あんまりこまめにお坊さんの世話をやこうとするので、お坊さん、とうとう風呂から逃げ出したと。

長者もすかさず飛び出してきて、「布団だ、布団。わしの布団を早く」と、わめきながら、お坊さんを寝室へ連れて行こうとするので、さすがのお坊さんも堪忍袋(かんにんぶくろ)の緒(お)が切れて、叫んだと。

「いいかげんにしなさい。猿真似は!」

その途端(とたん)、長者は猿になったと。
キッキッキと鳴く、本物の猿になったと。

長者だけでなく、長者の家族はみんな猿になったと。
そして、キッキッキッキッと鳴きながら、山へ行ってしまったと。

お坊さんは、住む人がいなくなった長者の家を、昨夜お世話になった爺さんと婆さん、いや、もう爺さん婆さんじゃないね。若くて元気な二人に与えたと。

昔こっぽり、てんぽろりん。



・・・昔話のようだが、やはり粟と貧乏は切っても切れない間柄のようだ。

多少でも参考になったのはこれだ。



満州引き揚げ回想記

昭21.秋 粟飯カレー
物価は日に日に上がる一方で、こうりゃん飯さえ食べられなくなり、粟に格下げしました。
ところが粟の方が胃の調子がよくて、カナリヤのようだなどと自嘲しながら、内心はそれ程辛くはありませんでした。

委託販売を頼まれた物の中に、特大のSBカレー粉の缶がありました。
これを見て閃いたのが、粟飯にカレーをかけたらおいしいのではないかということ。

そこで「粟飯カレー」屋の登場となりました。

飯屋となると、通りすがりの人を頼るよりも多勢の人が集まるところの方がいいと思いました。
それは、すでに、奥町のあたりにハラショに行った時体験ずみでした。

沿道には湯気を立てた揚物、蒸物の露店が軒を連ね、ハラショで懐にお金を入れた人が先ず誘われてしまうのが食べることだということ。

今でも思い出すさえ嫌な事があります。
その日は叔母さんに正一を預け、身軽に繁華街を歩き回っていました。

かつては、最新流行の舶来品で有名だったN洋行のきらびやかな店内が、今は委託販売店の寄せ集めみたいになって、うす汚れた我々が平気で出入りして活気を呈していました。

そんなのを見たり、浪速町に出ている知人を尋ねたり、あれこれ欲張って用足しをしてすっかり疲れ、空腹をこらえていました。

「大盛ぜんざい十杯食べたらタダ」なんて貼り紙などがやたら目につきました。

ひょっと気がつくと、横町の人だかりの絶えたところに支那そば屋がありました。
ついつい負けてしまって熱いそばを食べてしまいました。

ちょっと大豆の粉くさい、インチキっぽいそばでしたが、生返った気分でした。
ところが、あまりにも空っぽの胃袋に、突然熱いそばを急に流し人んだのが悪かったのか、いくらも経たないうちに気分が悪くなり、せっかく今食べたばかりの支那そばを、裏通りに駆込んでみんな戻してしまいました。

今でも、あまり空腹の時は熱い麺類が食べられません。

「粟飯カレー」屋のために大皿とスプーンを用意しました。
こんなものは、大連在住の人が誰でも持っていましたから、すぐ用意できます。

材料は、じゃが芋、人参、玉ねぎだけ。
肉など入りません。
油も味の素もありません。
野菜は家で用意して行き、道端で煮ます。
野菜と塩だけがたよりの味でした。

例によって、看板はお父さんが書いた、今度は縦長い板。

カレーの匂いに誘われて一人二人とお客が来、おじいさんか作った細長い形ばかりの腰掛けにすわると、私がごはんを盛ったお皿を差出し、お父さんがカレーをかけます。

ごはんは一回分は家で炊いて、おひつに冷めないように綿入れでくるんで持っていき、カレーを煮たあと又一回ごはんを炊くのです。
これは売れ残ってもどうせ家でも食べるものだから心配ありません。

お客の中には、「肉が入っていないね」とか「バターは入れないの」とか言う人がたまにありましたが、殆どの人は安くて空腹を満たせばいいのですから、この粟飯カレーは毎日が売切れでした。

使い捨てのお皿などない時ですから、このお皿の始末はトコロテンどころではありません。
大変でした。

隣に、かんころ餅をふかして売る老夫婦がありました。
老夫婦といっても、今思えば五十才位だったかもしれません。

いつも店を出してから小豆を煮ていました。
一度煮立ててゆでこぼすところが印象的でした。

多分明日使うアンコの用意でしょう。
おいしくと心掛けているのがわかりました。

この店もよくお客が来ていましたが、私共の店も繁昌しました。

ところがしばらくすると、この私共のアイデアを真似する人が出て来て、粟飯カレー屋があちこちに出来てきました。
私たちも負けずに頑張りました。

利益は少なくても質で、(肉も油も入っていないのに)なんて考えましたが、手間もかかることを考えるとだんだんつまらなくなってきました。

ある日、目の前にあった筈のスプーンを盗まれてしまい、これをきっかけに粟飯カレー屋は閉店することになりました。



満州引き上げ回想記というのがいかにも貧乏くさく説得力がある。
オレの経験でも雑穀には、副食に味のきつい物がよく合う。

ウガリのスクマ・カランガ、インジェラのカイワット、みな主食の味を誤魔化すような肉の油、香辛料の香りを強調した食い物だ。

そうでないときは学術的な記述ばかりだが、此処にも少し貧乏臭がする。



英名: foxtail millet

科名: イネ科

学名: Setaria italica Beauv.

種類: 穀類、雑穀食用、飼料

起源 ・・・東部アジア原産で,わが国での栽培は縄文時代から行われ,穀物のなかではヒエとともに最も古い.

作物的特徴 ・・・種子繁殖作物で,温暖・乾燥地を好むが,北から南まで生態型が分化し,もち,うるちなど品種が多く栽培地域は広い.

用 途 ・・・子実は飯用,団子,菓子,あめ等に供されるほか,うるち種は小鳥の餌にも用いられる.

生産地 ・・・わが国のアワの栽培面積は明治末期には約20万haあり,雑穀類のなかで上位を占めていた。しかし,その後,減少の一途をたどり,現在は,かっての主産地であった岐阜,熊本,鹿児島県等で僅かに栽培されているだけである.

古く日本に渡来した作物で '五穀’(米・麦・粟・豆・黍の説)の一つ。
夏から秋に茎の頂に円柱状の15〜20cmの花穂を伸ばす。

他に数種の穂型もあるが、穂は多数の小枝から成り、無数の小粒形の小花を密集する。

一花は結実すると、黄色の小さな穀実を生ずる。
うる種ともち種とがあるが、日本ではもち種のほうが多くつくられた。

山間地や、やせ地の作物として重要であったが、現在では、ほとんどみられなくなってしまった。



縄文時代からお世話になってきたというのに、今ではほとんど食わないそうだ。
明治末期まではバクバク食ってやがったくせに・・・なんと日本人は恩知らずなことか!
ごめんなさい粟さん、必ず食ってやります。
オレは心に誓った。

数時間経った。
しかし、こんなに検索を続けたのは久しぶりだな・・・決して外道サイト運営では見られなくなった執念だ。

オマンコ豊作貧乏の国タイではマンコより粟飯の方に重い価値があるのだ。

バンコクコージーに行っても粟飯は売ってくれない。

苦節数時間、ネット中を探しまくって、やっと見つけた粟飯レシピ。



材料:( 4人分 )
 米  2カップ
もち粟  1/2カップ
水  2カップ
塩  小さじ1/2

料理法
1 お米を砥いで、ざるにあげ、30分ほどおく。もち粟もさっと水で洗い、水気を切る。
2 分量の水と、塩と1をさっとまぜ、普通のご飯を炊くようにする。(炊飯器の普通米炊飯でOK)
3 蒸らして、全体を軽くふんわりと混ぜ出来上がり。
好みで粟の分量は調整してください。



なんだ・・・普通に炊けばいいだけだった。オレの努力は何だったのだ?

米との割合は4:1。この割合は守ろう。
さんざん貧乏話で脅されたので警戒心が強くなり、黒沢映画の百姓のような粟100%の粟飯は怖くて炊けない。

コンチャン氏がくれた粟は、もち粟かどうかわからなかったが、そうであること祈る。

副食はこうした雑穀に合うだろうと経験的に判断した味のきついおかず、豚キャベツのみそ炒め。
これはオレがロンドンにいた頃、男ばかりのタコ部屋で同室の中国人と争いながら食った逸品。

キャベツを千切りにする。豚肉を少量細長く切る。
両方ともいい加減に切っても良い。

次に中華鍋にベットリ油を流し煙が出るまで熱する。
肉・キャベツの順に入れる。
此処で酒を少量くわえる。
酒はなんでも良い。
今回はタイウイスキーだった。

キャベツから水分が出てきたら味噌を加える。
コチジャンがあればその方がいい。

グッタリしたら出来上がり。
仕上げに塩こしょうを少々。
唐辛子がなかったので少し味が弱かったが十分。

塩辛いので少量のおかずで大量の飯が食える。
中国3千年の貧困が生み出した究極の貧乏おかずだ!

やっと準備がそろいオレは炊飯器の蓋を開けた。
ほんのりかび臭い匂いがするが、それは間違いなく食い物の匂いだ。

期待は膨らむ。

食ってみました。

ウン!麦飯やクスクスよりずっと食いやすい!!

見た目は米の飯の中に色の違う何かが混じっていると言う感じだが、コンチャン氏が言ったような硬いプチプチ感はない。

粒が小さくてよく見えないので言われなければ粟が入っていることに気づかない。

はっきり食感の違う麦飯より食いやすい気がする。

やはり米との割合が重要な意味を持つ気がする。

米の割合が少なかったらありがたい食い物ではないだろう。

印象としては味は麦飯以上ウガリ以下。

インドの屑米より石が入ってない分食いやすい。

なんで廃れちゃったのかな?

冷えるとポロポロになって食いづらい、とあったので常に箸を使い、保温できる炊飯器もなかった頃には嫌われたのかも知れない。

ヒロポン軍曹に電話して、粟炊いたから食いに来いと言ったのに頑なに来ない。

昭和30年代まで娘の身売りが横行していた東北出身の軍曹には、まだ粟は生々しい負の記憶が残る食い物だったようだ。

外道平民のみんなも粟飯食って身売り淫売と価値観を共有しよう。もっともオレのように喜んで食っていたら彼女たちの気持ちは理解できないと思うが・・・。

次は稗とコウリャンに挑戦だ!

粟飯
材料:粟
入手方法:知らない
価格:知らない
材料:
( 4人分 ) 米  2カップ
もち粟  1/2カップ
水  2カップ
塩  小さじ1/2
料理法
1 お米を砥いで、ざるにあげ、30分ほどおく。もち粟もさっと水で洗い、水気を切る。
2 分量の水と、塩と1をさっとまぜ、普通のご飯を炊くようにする。(炊飯器の普通米炊飯でOK)
3 蒸らして、全体を軽くふんわりと混ぜ出来上がり。
好みで粟の分量は調整してください。
備考:おかずはカレーが良いらしい 他にも下品で味のきついおかずが良い

GOURMET DE GEDOU、2005年10月13日


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