この前書いたスローライフで気になったのが、どうも多くの日本人が持っているらしい、田舎暮らしへの強い憧れと無知だ。

タイや、他の外国で、田舎に長期間滞在したことがあるだろうか?

此処で言う長期間とは1-2週間のことではない。
数ヶ月、数年と言う滞在だ。
もはや、旅行ではなく日常の田舎暮らしである。

一般の旅行者にはほぼ不可能だし、だいたい想像すら出来ない。

奴らのならい癖として、次の予定がないと不安なのだ。
ある意味、人生の貧乏性ともいえる。

意外にこれが簡単に出来るのがパッカーである。

金はないけど時間だけはいっぱいあり、人生の終わりも、時間が有限であることも考えないですむ奴らだ。

同時に考えがないので、ボーっとしている田舎暮らしにすぐ順応してしまう。

パッカーの原住民化だ。

これをするとすぐに気づくのだが、田舎は最初の1-2週間がきつい(時間を持て余す)だけで、後は何ヶ月、何年いても同じだ。

時間を無為に過ごすことに慣れる、または楽しむことを覚えてしまうためだ。

なんとなく朝目覚め、特に何もしないうちに日が暮れたので寝る。

これが際限なく延々と続く。
ラクチンだし楽しい。

慣れると、都会に出ていくのが苦痛であり、恐怖にもなる。

タイの田舎では「まだ若いのに、いつまでも田舎にいて、ロクなものじゃない」と陰口を叩かれる田舎の悪ガキ(精神構造はヤンキーと同じ)が必ずいる。

日本で、田舎に若者が残らずに困ると、問題視されるのと対照的だ。

此処では、田舎暮らしは一種の悪であり、無気力な若者としてニート扱いだ。

暴れると危ないので陰口だけだが、気が弱くて田舎を出ることが出来ないので、陰口を叩かれることを田舎ワルは大変気にしている。

俺はこいつらに200バーツ渡して、ピンクの錠剤買ってきてもらったことがある。

当然、田舎ワルは暇なので、一緒にやることになった。

村中のロクでない若者が集まってきて、酒のない酒盛りとなった。

意味無く、一日中ギターを背中に縛り付けて、村中を歩き回っている奴(オレはキカイダーと呼んでいた)とか、百姓のくせに髪はドレッドで、村祭りでの強姦だけが楽しみの奴(DJ.hyakushoと呼んでいた)。

そのお友達の、これも田舎のナンパだけが生き甲斐で、いつもバンコクの大学生の制服を着て、髪はキッチと7:3のチュラ百姓などなど、まあロクでもないメンバーだった。

こいつと話していて気づいたことがある。

当然若いから都会に興味はある。
でも、田舎のゆるま湯な暮らしから離れることが出来ないジレンマで苦しんでいるのだ。

焦燥と劣等感。
感じとしてはやっぱりニートだ。

田舎は村全体が一種の家であり、その中にいるうちは安楽である。

年を食えば大丈夫かと言えば、そうではない。

奴らはもう数十年も、ボーっとした暮らしから無縁でいたのだ。
その結果、何が残ったかと言えば、大したモノは残らなかった。

びどい場合はライブドア株だったりする。
一番失ったモノは友だ。

人生の大半を無為に過ごさなかったので、利害関係のない友はいない。
仕事を離れると、途端に社会との絆のない、孤独な老人となっている自分を発見することになる。

田舎でのスローライフは、単なる偏屈老人の孤独死への道となる。
スローライフは良いことばかりでないこと知るべきだ。

PS:もう一つ、田舎暮らしは大変痒い暮らしでもある。田舎の虫は特別痒い。



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