残酷な才能の格差
文章を書くという能力、文才、作文力というものには恐るべき格差がある。
オレはこのサイトを始めたきっかけのひとつは、その当時ほかのHPを見てそのようせつな文章にゲンナリし、こんな物なんかオレの方がよっぽどうまくできる、と感じたのが原因だ。実際そのとおりに行動してみたところ、やっぱり出来た。
そのせいで、オレはこんな下品な文章は誰にでも書ける、かけないのは半ば障害者だ、と考えていた。その後、何人かにオレのサイトを手伝わせてみたが、これが見事に出来ない。出来るやつもいるがそうしたやつには一種独特の才能と行動力、創造性がほかの面でもあった。これはどちらかというと少数者だった。出来ないやつはほかの面でもイタイ人だった。
どういう人かというと所謂指示待ち人間だ。何か言われるまで頭のスイッチが機械のようにしか動かない。横並びで成功し、またコケているのいで一般社会の中では一番目立たない普通の人なのかもしれない。すべての事に疑問を感じないタイプ。なぜとは考えない人だった。サラリーマンに多い。全部じゃないけどね・・・みなの周りにもいるのではないだろうか?決して必要以上に働かず、頭使わない人。世の中には一番多いタイプかもしれないな・・・そう思うと人間はそんなに進化していないのかもしれない。
あるときは少しは考える仕事をさせようと思い、トピック紹介文を書かせた。まあ、内容の説明とつかみってやつだ。これは例文がそうあるわけでもないので純粋に文才が試された。結果は最低・・・2時間かかって5行も書けていない。内容もグッタリを通り越してバッタリ。なんたこれは?・・・オレだって毎日この編集後記を書くのに5分もかかっていないのに・・・(それだけいい加減に書き飛ばしている)。小学生だってもう少しかけるぞ。もしかして字が書けないのか?オレも変換機能がなかったら漢字書けないが。グッタリしてやめさせた。時間の無駄だ。オレは最初、こうしたことの出来ない奴は、はじめから自分にはこんなこと出来ない、と思っている人生ある程度終わった人、だと思っていた。でもどうやら違うようだ。本当に出来ないのだ!
オレはいまだに理解できない・・・
どう人生を過ごして来たのだ・・・
何も考えないで生きてきたのか?
書けないだけで頭は使っていたのだろうか?
何も考えなくても楽しく人生を過ごすことは出来るだろう。それはわかる。でもそんな南洋の土人みたいなすごし方しなくてよかったと心から思っている。
何かの伝記で読んだ覚えがあるが、『世の中の大部分の人は創造的に仕事をしていない。その意味で奴隷制はいまだに続いている』という文章があった。その時は意味がわからなかったが、なんだか最近少し理解できる。

外道の細道、2008年6月9日


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