どちらかというと、全世界的にみれば、マッサージパーラーというのはマイナーな商売であって、この日本発祥の遊びは、欧米では“アジア娘の働く場所”という印象があるらしい。
世界中どこにいっても、最も幅を利かせていて手っ取り早い女遊びは、エスコートクラブである(いわゆるコールガール)。

大都市に到着してホテルにチェックインすると、まず部屋に置いてあるイエローページには、エスコートクラブの項目に数十のクラブの宣伝と電話番号が掲載されている。

その都市の歓楽街に繰り出すのも面倒くさく、時間がないという旅行者のために、ありとあらゆるエスコートクラブが世界中に存在する。

その現地のローカルの娘から、白人のブロンド娘など、女ばかりではなく、男のエスコートまで宣伝されているクラブもある。

ここタイでもそういうエスコートクラブが(私の調べで)三十数か所あるが、英語で書かれた宣伝文句からして欧米の白人向けなのか、どこもかしこも、本当はロクな娘は在籍していない。

エスコートクラブのウェッブサイトなどを見ると、ギャラリーと称して娘のプロフィールとお値段、写真までが掲載され、中には(こんな娘が本当にいるのか?)と思うような美形の娘がいたりする。
が、実態は、そうは簡単にいかない。

外道サイトの賢明な読者は、まさか最もコストパフォーマンスが高いエスコートクラブなどを利用するド素人はいないだろうが、このエスコートクラブの娘のお値段は娘のレベルからすると、圧倒的に法外である。
エスコートクラブを仕切っているエージェントの取り分が加算されるので、市内で遊べる店のほとんど2~3倍になっている。

本当にアホくさい。こういう金額を納得して払える御仁は、無知と怠慢の何物でもない。

客寄せのために、他のサイトや雑誌からパクってきた有名(?)ヌードモデルなどの写真が掲載されている場合もあるが、ほとんどの場合、予約ができず、一週間くらい客が予約していてバンコクにいないなどと嘘をつき、諦めさせる場合が多い。
また、娘を選べないというところ、全くの詐欺に近い商売である。

それでも、今でも世界中にエスコートクラブは存在するし、法外な金額を払っても女を抱きたいという欲望を満足させるべく、タケノコのごとくクラブは増え続けている。マシな経験か分からないが、個人的に実際体験したエスコートクラブの娘の話をしよう。とあるアジアの大都市に仕事に行った時だった。

時間がなくて遊びにいけないということで、エスコートクラブに電話してみたことがある。

なるべく宣伝が大袈裟でないところを選んで電話すると、ポーランドの娘がいるという。太っちょはイヤだと注文をつけると、かなりスレンダーだという。

半信半疑で小1時間待っていたら、ホテルの部屋まで娘がやってきた。
中から覗いたら、ブロンドのかなりイケてる娘だった。

部屋に通すと、まあ、何としたことか・・・かなり背が高い。
おまけに胸が小さい。(ちなみに、私は巨乳好みではない)

が、体型と顔は紛れもなく最高だった。白い透き通るような肌に緑がかった瞳、物腰・・・ヨーロッパの娘という形容がぴったりの、可愛いニンフェットだった。

欧米の商売女にありがちな冷たい態度もなく、おどおどとして素人臭かった。

私はすっかり嬉しくなったが、(これでサービスはどうなんだろうか)とあくまでも冷静さを失わなかった。
期待しない半面、面白い展開になりそうだなという気もした。

娘は一人でシャワーを浴びるとバスタオルに身を包んで出てきて、ベッドに入ると全裸になった。
その眺めは正に“妖精”という言葉がぴったり当てはまった。(見慣れていない日本人には白人の娘は誰でもそういう感じがするかもしれないが、私は欧米での生活が長かったから白人娘は飽きるほど見てきている。

欧米に滞在すると分かるが、六ヶ月いればどんな娘もフツーに見えてくる)ドイツ、スペイン、イタリア、フランス、オーストリア、ロシア、スウェーデン、オランダ等、主なヨーロッパ娘は抱いたことがあったが、不覚にもポーランド娘は初めてだった。

そのナターシャという娘、最初は恥ずかしげにキスしてたが、こちらが形のいい胸から下半身、長い両脚を開いて丹念にアソコに舌を這わせ始めたあたりから目がトロンとなり、妙にエロチックなうめき声を出し、私の髪の毛を鷲づかみにしながら舌を絡ませてディープキス、その味を確かめるように絶妙な生フェラチオを繰り返し、私の顎や首を舐め回し、なぜかフランス語でファックのおねだり。

(私自身、フランス語に堪能だったことにこれほど感謝をしたことはない。彼女、フランスのパリ大学で学ぶ留学生だった。生活費に困り、休暇を利用して数週間滞在していたと後から聞いた)

ナターシャのアソコは熱く煮えくりかえっていた。

私がオマンコ汁をジュルジュルと舐め回すと、ナターシャは69の体型になり、ペニスを頬張る。

彼女の可愛い菊門が唾液で淫らに濡れているのを見て、私は躊躇なくアヌスに舌を挿入した・・・するとなんということか・・・ナターシャも私のアヌスに舌を這わせてきた。

もう我慢できん。

ナターシャの顔の上に跨ったら、胸が小さかったからパイずりは楽しめなかったが、艶かしい目で見つめながらペニスをしゃぶる。

もう本当、我慢できん。

体位を変えていざファックしようとすると、彼女は生で受け入れた。こりゃ大当たりだ。

エスコートの娘ってこんなだったかと省みる冷静さもなかった。
ありとあらゆる体位を試そうとすると、ナターシャは何でも受け入れる。
濃厚なファックをたっぷり楽しんだあと、最後は生で、彼女の中に果てた。

私がナターシャからペニスを抜こうとしても、長い両脚を絡ませて離さず、抱きしめたまま、延々とキスを繰り返し、舌を求め合う。

ナターシャの膣の中で、ペニスは勃起した状態のまま小さくもならない。

ようやく身体を離したら、「どうして、“もうひとつの扉”を愛してくれなかったの?・・・」と上気した顔を近づけ、ナターシャの愛液にまみれ精液だらけのペニスにキスしてきた。

そのうち口に含んで激しくねっとりとしゃぶり始めた。
これでは、ペニスも萎えない。

場所を変えようと一緒にシャワーを浴び始めたら、ナターシャはバスタブの中で四つんばいになる。

ヴァギナに入れようとしたら、「“もうひとつの扉”にもちょうだい・・・あなたのを入れてぇ・・・」というナターシャの要望。

私は躊躇しなかった。

ゴムもせずそのまま生でアヌスにペニスを埋め込んだ。

ナターシャは一際深いうめき声を発すると、背中越しに唇を求めてきた。

自らクリトリスに指を這わせながら、彼女は腰を艶かしく振って、快楽を味わっているように思えた。

私はあまりの展開のすごさに頭の中がカラっぽになった。時々アヌスからペニスがはみ出すと、ナターシャは自分でペニスをつかんで元の穴に戻す・・・何が何だか分からなくなって、膣に入れたり、肛門に入れたり、私は熱狂的にファックを続け、二度目の絶頂が近づいてきた。

ナターシャはすばやく体を入れ替え、私のペニスを口の奥深く頬張った。

そのまま、私はナターシャの口の中に射精した。

唇の端から白い精液が垂れていた。

ナターシャはなおもペニスをしゃぶり続け、頬に押しつけたりキスしたり、舌で亀頭を舐めたり、ブラブラしている二つのボールに舌を這わせたり、余韻を楽しんでいた。こんな体験、久しぶりだった。

なんとラッキーなことだろう。

そそくさとシャワーを浴びると、ナターシャは素早く服を着て、「あなた、いつ帰るの?」「あさって・・・明日も会えるかな?」そんな会話をしていると、ナターシャは意外なことを言った。

エスコートクラブに電話したのがかなり遅かったからだろうか、「あたし、いったん帰って、エージェントにお金を渡さないといけない・・・でも、今日はこれで最後なので、それからはフリーなの」と思わせぶりをいう。

私はその後で是非とも会いたいと伝えると、待っててくれたら会えるという。

部屋を出ようとしたナターシャを抱きしめてキスすると、息を荒げて舌を絡ませてきた。

なかなか部屋を出て行こうとしない彼女に、こちらは下半身が熱くなってきた。

ナターシャのパンティーの中に手を入れてアソコを触ると、また必ず部屋に戻ってくると念を押した。

半信半疑だったが、信じて待つしかない。

独りで部屋にぽつんと残された私は、果たして、本当に戻ってくるだろうかとビールを開けていた。
しばらくして部屋の電話が鳴る。

嫌な予感が的中した。出てみるとナターシャだった。

ごめんなさい、今日はやっぱり会えない、でも、明日は一日フリーになるから、あたしとつきあう?・・・願ったり適ったりである。

翌日、朝から張り切って仕事を済ませ、彼女が指定したレストランで再会したのが、午後遅く。食事をしながらテーブルの下では、彼女の柔らかい太腿を掴んで愛撫していた。彼女の熱い視線にぶつかる。もう市内観光どころではない。

タクシーでホテルに直行。

明日はこの街を後にしないといけないから、一晩しか時間がなかった。

前夜と同じような痴態がまた繰り返され、私はナターシャの美しい肉体を舐め尽さんばかりだった。彼女はアナルセックスを求めては悶え、呻き、私は彼女の口に中に射精した。

ルームサービスを頼んで食事をとる時間以外は、ほとんどファックしていたと思う。

彼女もあと数日でフランスに帰国するという話だったから、会えるのはこれが最後ということで、余計に燃えた。

短期滞在の旅行者が、日本に帰国する当日の朝まで娘と睦んで、内心、帰国したくねえなと思うのも分からないでもない。

現実に戻るのが億劫で、この夢のような出来事の渦中に、まだ、いたい・・・こういう気持ちになる。

だからこそ、訪タイを繰り返すことにつながっていくのかもしれない。

あの日、私もこの性的好奇心に満ち溢れたポーランド娘に、そんな気持ちを抱いた。

別れ際、彼女はフランスの連絡先をくれた。

その後、携帯で話しをしたり、メールで連絡を取り合ったりもした。
が、後日、私がフランスを訪れることはなかった。

そして、自然に連絡が途絶えがちになり、現在、彼女は何をしているか、知らない。
もう、あの娘と再び会うこともないだろう。



かえすがえすも、ルーマニアやハンガリー等、旧東欧諸国で遊ぶ機会を逸したことは、一生の不覚である。
また、個人的には、ブラジル娘との強烈な体験も捨てがたいものがあった。

終焉の地はブラジルというのが私の夢だが、こちらは年をとる一方だ。まだ、『世界の外道』には程遠い道のりである。

ここタイで抱ける欧米白人娘のレベルの低さにお嘆きの諸氏も多いことだろう。

私も同感である。

マイクスプレイスホテル、ラジャホテルなどの自称ロシア娘など、お話にならないレベルである。

本国に遊びに行くのがいちばん安いはずで、レベルも高いのだろうが、なかなか機会が訪れない。

最近、こういう欧米の白人商売女が大挙して訪れ大盛況なのは、アラブのドュバイだという。

バンコクは見向きもされなくなったようである。

かつてバンコクは欧米の白人娘が大挙して仕事に来ていた時代もあったが、現在は悲惨な状況である。全く嘆かわしい。

タイ飯に飽きたとき、たまには“本場西洋料理”も食したいではないか。

続 MP嬢の裏事情、2009年4月30日

外道の細道、2009年4月22日


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