【外道紘さんコメント】
Sさんからメールでパッポンについて教えてもらいました。ウーン、勉強になるなー
【パッポン物語】
パッポンの名前と評判は、みんな知っている。
バンコク第一の歓楽街、また世界でも知られた赤線地帯である。
しかし、ほとんどの人は、その名前がどのように付けられたかを知らない。
パッポンを作り、有名にした、中国系タイビジネスマンのパーソナルヒストリーを...。
この物語の主人公である、ウドンパッポンパニッチは、前月の10月始め、79歳でバンコクホスピタルで亡くなった。
彼は巨万の富を稼ぎ出す帝国を残した。
それは、今彼の家族たちに引き継がれ経営されている。
彼の死は、パッポンの終焉の始まりだろうか?
はたまた、より発展するために、運命づけられたものなのだろうか?
今、バンコクを訪れる、ほとんどの外国の人たちは、自分の希望に関係なく、観光場所に組み込まれているせいか、一度はパッポンを訪れる。
そして、夜には何百万バーツのお金が、たくさんの露店、カウンタバー、レストランへ流れて行く。
もちろん、売春にも...。
パッポンでは、セックスが売られている。
しかし、その前に、食事代、酒代、ダンス、ロックミュージック、ビデオパーラの代金が、補助経費としてかかっている。
この儲けは大きい。
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